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乳がんの薬物療法

Q.薬物療法にはどのような種類があり、治療法はどのように決まるのですか

A.乳がんの薬物療法には、抗がん剤による治療、ホルモン療法、分子標的薬による治療の3種類の方法があります。
 治療法は、病気、がん細胞の性質、年齢、本人の希望などに応じて決まります。


 乳がんの多くは全身病で、たとえ腫瘍が小さくても、体のどこかに見えないくらい微小ながん細胞が潜んでいる危険性があり、その微小転移のリスクを消滅させるためにも薬物療法が重要な役割を果たしています。

 薬物療法の目的と段階には、
①手術前に腫瘍を小さくして乳房温存手術をするため(術前薬物療法)
②術後に体のどこかに潜んでいるがん細胞を根絶して再発予防するため(術後薬物療法)
③最初からほかの臓器に転移があった場合や再発の治療のため
の大きく3つに分けられます。

 また、乳がんの薬物療法には、抗がん剤による治療、ホルモン療法、分子標的薬による治療の3種類があります。どの薬を治療に使うか、あるいは組み合わせて使うかは、病理検査で調べたがん細胞の性質(ホルモン感受性、HER2タンパク発現の有無)と再発リスク、本人の希望などを考慮して決めます(図表10)。

 ホルモン療法と分子標的薬による治療は、自分のがんがそれぞれの薬に反応する性質を持っていなければ効果がない治療です。自分のがんの性質と再発リスクを知ることは、治療法を選ぶうえでとても重要です。

サブタイプ分類とは?

 同じ乳がんでも、比較的おとなしいものから悪性度が高いものまでその性質はさまざまです。
 ホルモン受容体(ホルモン感受性)の有無(コラム「「ホルモン感受性あり」はホルモン療法の対象に」)、HER2タンパクの過剰発現の有無(コラム「「HER2タンパクが過剰発現」って?」)、がん細胞の増殖能力を示す指標Ki67によって、5つのサブタイプに分けられ、推奨される薬物療法の内容が異なります(図表10)。

 ホルモン受容体陽性の乳がんは「ルミナル(Luminal)タイプ」と呼ばれ、がんの増殖能力が低い場合は「ルミナルA型」、高い場合とHER2陽性の場合には「ルミナルB型」に分類されます。Ki67は、増殖する細胞核に多くみられるタンパクで、Ki67の発現が高いほど増殖能力と悪性度が高く、抗がん剤が効きやすい特徴があります。
※なお、Ki67値の高低については一定の基準はなく、現在研究が進められています。

乳がんのサブタイプ分類

術前に腫瘍を小さくする「術前薬物療法」

 腫瘍が3センチ以上と大きいけれども、できれば乳房を温存したいという場合には、手術前に薬物療法を行います。また、炎症性乳がんの場合は、まずは薬物療法を行い、腫瘍が縮小したら手術を実施します。

 抗がん剤を投与する術前化学療法の期間は3~6か月間です。HER2(コラム「「HER2タンパクが過剰発現」って?」)陽性の人は抗HER2薬のトラスツズマブを併用します。
 もともと手術が可能な乳がんは、化学療法を術前、術後のどちらに行っても、生存率や再発率に差はありません。術前化学療法で腫瘍が小さくなる確率は70~90%です。

 術前化学療法で腫瘍が小さくなれば、乳房温存手術を受けられる可能性があり、手術による切除範囲も小さくて済みます。
 術前化学療法で腫瘍が消失した場合には、消失しなかったときと比べて再発リスクが約50%下がり、腫瘍と腋窩リンパ節転移の両方が消失した場合には、再発リスクが70~80%程度低くなります。術前化学療法は、抗がん剤や分子標的薬の効果をみる指標にもなっています。

 また、手術可能でホルモン感受性があり、すでに閉経している場合には、術前ホルモン療法を3~6か月行う場合があります。今のところ、閉経前の人の術前ホルモン療法の効果は科学的に証明されていません。ホルモン感受性あり(コラム「「ホルモン感受性あり」はホルモン療法の対象に」)でも、閉経前の人は、臨床試験以外では、術前ホルモン療法の対象にはならないのです。

 術前薬物療法のデメリットは、がんが縮小、消失した場合には、術後に切除したものを顕微鏡でみてがんの性質を調べる確定診断が難しくなることです。術前薬物療法中に腫瘍が大きくなる人もいます。本人が、一刻も早くがんを切除したいというときには、術前薬物療法はお勧めできません。

「ホルモン感受性あり」はホルモン療法の対象に

 がん細胞が女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンの刺激を受けて増殖する可能性があることを「ホルモン感受性あり」といいます。
 ホルモン感受性のあるがん細胞は、ホルモン受容体にくっついて増殖を促進します。
 ホルモン感受性があるかどうかは、免疫組織化学法という病理検査でわかります。
 エストロゲン受容体かプロゲステロン受容体(エストロゲンの働きでつくられる)のどちらか一方があれば「ホルモン感受性あり」、あるいは「ホルモン受容体陽性」とされ、ホルモン療法の対象となります。

抗がん剤による治療

 手術可能な乳がんで抗がん剤による治療が必要なのは、主に、HER2型、ルミナルB型(HER2陽性)、あるいは、ホルモン受容体もHER2も陰性の「トリプルネガティブ」と呼ばれる人です。
 ホルモン感受性ありの人はホルモン療法が主体になりますが、がんの増殖指数(Ki67)が高い、腋窩リンパ節転移4個以上、腫瘍の広がりが広範であるなど再発リスクの高い場合には抗がん剤治療(HER2陽性の人は抗HER2薬も)が併用されます。

 再発予防の抗がん剤治療で現在最も効果が高いとされているのは、AC療法(ドキソルビシンとシクロホスファミドを3週間に1度4回)などアンスラサイクリン系薬剤を投与したあと、タキサン系薬剤(パクリタキセルまたはドセタキセル)を追加投与する治療です。術前でも術後でも薬の内容は同じです。

 ほかの臓器への遠隔転移がある場合には、「乳がんの再発・転移 図表17」の遠隔転移の治療の流れのように副作用が強く出ないように調整しながら、一つの治療法をできるだけ長く行います。

副作用が比較的少ない分子標的薬

 がん細胞の生存・転移には、さまざまな分子(タンパクや遺伝子)が関わっています。この分子のみを狙い撃ちする薬が分子標的薬です。抗がん剤ががん細胞を殺すために正常細胞まで叩いてしまうのに対し、分子標的薬は、がんの増殖に関わる分子のみをターゲットに狙い撃ちするので、脱毛、吐き気といった大きな副作用が比較的少ない治療法です。

 乳がんの代表的な分子標的薬はトラスツズマブ、ペルツズマブ、ラパチニブ、T-DM1(トラスツズマブと抗がん剤エムタンシンの結合薬トラスツズマブエムタンシン)といった抗HER2薬です。がんの増殖に必要な物質を取り込むHER2タンパク受容体を攻撃することで、がんの増殖を抑えます。
 これらの薬は、がん細胞がHER2タンパクを持っている(陽性)人にのみ効果があります。
 乳がんでHER2陽性の人は15~20%です。術前、あるいは術後にトラスツズマブをタキサン系薬剤と組み合わせて1年間投与することで、再発リスクを36%減らせます。

 HER2陽性乳がんは、比較的予後の悪いがんとされてきましたが、トラスツズマブなど抗HER2薬の登場で、生存率が大きく改善しました。HER2陽性乳がんの人は、再発・転移した場合にも、抗HER2薬と抗がん剤を併用、あるいは2つの抗HER2薬を組み合わせた治療などを行います。

「HER2タンパクが過剰発現」って?
HER2陽性乳がん

 HER2は細胞の増殖に関わる遺伝子タンパクで、がん細胞の表面にあるアンテナのようなものです。
 がん細胞の表面に正常細胞の1000~1万倍ものHER2タンパクが存 在している状態を「HER2タンパクの過剰発現がある」といいます。
 HER2タンパクの発現量は、免疫組織化学法で0~3+まで4段階に分類し、「3+」なら「HER2タンパクの過剰発現あり」と判定されます。

 免疫組織化学法で「2+」と判定されたときには、FISH法やDISH法と呼ばれる検査で、HER2タンパクの増幅を調べ、増幅量が2倍以上の場合に「HER2遺伝子の増幅がみられる」と判断されます。
「HER2タンパクの過剰発現がある」あるいは「HER2遺伝子の増幅がみられる」 乳がんが、HER2陽性乳がんです。HER2タンパクの発現や増殖が少ないがんに比べ再発・転移の危険性が高いため、HER2タンパクの働きをブロックする分子標的薬で治療します。

閉経前と後で異なるホルモン療法

 乳がんには、女性ホルモンのエストロゲン(卵胞ホルモン)やプロゲステロン(黄体ホルモン)の刺激によって増殖するルミナルタイプがあります。
 ホルモン療法は、ホルモン感受性ありの人に対し、体内のエストロゲンを減らしたり、エストロゲンの取り込み口であるホルモン受容体に働いて、エストロゲンとの結合を邪魔することで、がんの増殖を抑える治療法です。

 女性ホルモンをつくる機能は閉経を境に大きく変わります。そのため、ホルモン療法の内容は閉経前か閉経後かで異なります。
 閉経しているか不明な場合、血液中のエストロゲンと卵胞刺激ホルモンの量を測って判定します。

 閉経前には、エストロゲンは主に卵巣でつくられます。脳の視床下部が指令を出すと、下垂体が出す「性腺刺激ホルモン」に刺激され卵巣がエストロゲンをつくるのです。
 閉経前のホルモン療法に用いられるLH-RHアゴニスト製剤は、下垂体から指令が出ないようにして、卵巣からのエストロゲン分泌を抑える薬です。
 閉経前でホルモン感受性ありの人は、術後に、LH-RHアゴニスト製剤(卵巣機能抑制薬)を1か月または3か月に1回、2~5年間皮下注射し、抗エストロゲン薬のタモキシフェンを10年間服用するのが標準治療です。

 一方、閉経後は、卵巣ではなく、腎臓のすぐ上にある副腎皮質から分泌される男性ホルモン「アンドロゲン」からエストロゲンがつくられます。
 その過程で働くのが、脂肪組織などにある「アロマターゼ」ですが、その働きを阻害するアロマターゼ阻害薬を使うとエストロゲンがつくられず、がんの増殖が抑えられます。

 閉経後の再発予防治療としては、5~10年間アロマターゼ阻害薬を服用するのが標準治療です。術前にこの薬を使った場合には、術後と合わせて5年間になるようにします。

 タモキシフェンを2~5年間服用後に閉経した人は、2~5年間アロマターゼ阻害薬の服用を追加するとさらに再発が抑えられます。
 再発・転移した場合も、ホルモン感受性ありの人はホルモン療法やmTOR阻害薬のエベロリムス、CDK4/6阻害薬のパルボシクリブ、アベマシクリブなどを用いた治療を続けます。
 mTOR阻害薬は、細胞シグナル伝達に関わるmTORの働きをブロックしてがんの増殖を抑える分子標的薬。
 CDK4/6阻害薬は、細胞の周期調節に関わってがん細胞の異常な増殖を促しているCDK(サイクリン依存性キナーゼ)4/6の働きをブロックする分子標的薬です。
 エベロリムスは閉経後のみ、パルボシクリブとアベマシクリブは閉経前にも閉経後にも使えます。

さらに進む個別化治療

 ホルモン感受性ありで腋窩リンパ節転移があったときや増殖指標のKi67値が高いときには、抗がん剤治療(HER2陽性の人は抗HER2薬を併用)後にホルモン療法を行うのが一般的です。しかし、抗がん剤治療を行うべきか、専門家の間でも意見が分かれるのが、ホルモン感受性陽性HER2陰性で再発リスクが中程度(がん細胞の悪性度がグレード2、Ki67値中程度、リンパ節転移なし)の人です。
 このような人のがん細胞の中にある複数の遺伝子を調べ、再発リスクと抗がん剤の効き目を調べるのが「オンコタイプDX検査」「マンマプリント」です。
 保険の対象ではなく検査料は自費(約35万~40万円)になりますが、抗がん剤の効果があるかどうかが事前にわかるので、無駄な治療をしなくて済みます。

 HER2陰性で、他の臓器に転移があって手術ができない人に対してはBRCA遺伝子検査を行い、陽性なら、最初の抗がん剤治療が効かなくなったときにPARP阻害薬のオラパリブによる治療を検討します。
 PARP阻害薬は、BRCA1/2遺伝子の機能不全によってがん化した細胞を特異的に死滅させる内服薬です。

乳がんと卵巣がんになりやすい遺伝子って?

 がんのほとんどは、喫煙、食生活、運動不足など生活習慣や環境が原因ですが、乳がんの中には遺伝性のものが5~10%あるといわれます。
 これまでの研究で、遺伝的に乳がんを発症しやすい人の多くは、細胞ががん化しないように細胞を修復する役割の遺伝子BRCA1、BRCA2のどちらかに異常(変異)があることがわかっています。
 BRCA1、BRCA2のどちらかに変異があると、変異のない人よりも若い年齢で乳がんと卵巣がんを発症しやすく、両側の乳房ががんになったり、同じ側の乳房内に別のがんができたりするリスクがあります。

 乳がんの患者さんにBRCA1、BRCA2の変異があるかどうかは、遺伝子検査と遺伝カウセリングをセットで行っている医療機関(http://hboc.jp/facilities/index.html または、http://www.hboc.info/where/)で調べられます。
 HER2陰性で転移・再発した人に対するBRCA遺伝子検査は保険診療でできますが、それ以外の患者さんに対する遺伝子検査は自費診療で約20万円かかります。
 遺伝性の乳がんだとわかったときにはショックを受けることもあり、親や姉妹、子どもなどにも関わる問題なので、遺伝カウセリングとセットで受けることが大切です。

 遺伝性の乳がんの場合、乳房温存手術が可能でも乳房切除術を選択したり、反対側の乳房や卵巣の検査を定期的に行うなど、治療方針にも大きく関わります。
 また、卵巣がんと反対側乳がんの予防のために、卵巣・卵管、あるいは健康な側の乳腺の予防切除を選択できる病院も出てきています。ただし、予防切除とその後の乳房再建手術は自費診療です。

参考資料

もっと知ってほしい乳がんのこと 2018年版,pp.12-15

公開日:2022年1月21日 最終更新日:2022年1月21日

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