遠隔転移のある前立腺がんの薬物療法
Q.遠隔転移のない前立腺がんにはどのような薬物療法が行われますか
A. 遠隔転移のある前立腺がんでは、ホルモン療法や化学療法を行います。
前立腺がんは骨に転移しやすいため、がんそのものに対する治療に加え、
骨に対する治療や、骨転移に伴う症状を和らげる治療も行います。
がん細胞が発生した場所から離れ、リンパ管や血管を経て、ほかの臓器で増殖して腫瘤を形成した遠隔転移の場合、残念ながら根治は難しいと考えるほうがよいでしょう。ホルモン療法や化学療法によってできるだけがんの増殖を抑え、生活の質(QOL)を維持しながら延命を図るのが一般的な治療方法です。
遠隔転移の有無とホルモン療法の効き具合で治療が異なる
遠隔転移がある場合、ホルモン療法の効果によって以下の2つの病態に分けられます。
【③遠隔転移のあるホルモン療法感受性前立腺がん(「遠隔転移のない前立腺がんの薬物療法」図表16参照)】
ホルモン療法がまだ効いている状態です。治療開始前に遠隔転移が見つかり、このタイプのがんであると診断されることもあります。がんの進行をできるだけ遅らせて将来的な痛みや骨折などの症状が出るのを防ぐこと、そして延命を目的として、薬物療法を行います。
治療の基本は、ホルモン療法のADTで、近年ではADTにARSI、化学療法(タキサン系抗がん剤)を併用する治療が標準となっています(図表18)。がんの広がり方や勢い(転移している場所や数など)を総合的に判断し、ADTとARSI、タキサン系抗がん剤の3つの薬を併用することもあります。

【④遠隔転移のあるホルモン療法抵抗性前立腺がん(「遠隔転移のない前立腺がんの薬物療法」図表16参照)】
ホルモン療法によって男性ホルモンが極めて少ない状態を維持しているにもかかわらず、がんが再燃した状態です。がんの勢いを抑えることで、症状の緩和と延命を目的として薬物療法を行います。
薬物療法では、現在行っているADTは継続したうえで、これまでの治療内容、症状の有無、転移部位、全身状態などを総合的に考慮し、各種の治療を追加します。治療の効果がみられなくなった場合は、次の治療へと順次切り替えながら治療を続けていきます(図表19)。また、PSMAが存在する全身のがん細胞を標的とするRI内用療法(「前立腺がんの放射線療法」参照)も治療選択肢の一つです。
どの治療をどんな順番で行うかは、病気の状態や患者さんの希望、治療効果と副作用のバランスなどを踏まえて決定します。

骨転移
前立腺がんが進行すると、がん細胞の一部が血液の流れにのって骨に移動し、そこで増殖する「骨転移」が起こります。ホルモン療法抵抗性前立腺がんでは8割以上の高い頻度で骨転移が認められます。前立腺がんの骨転移は脊椎、肋骨、骨盤、大腿骨などに起こりやすいことが知られており、腰や脚の痛みのために受診して初めて前立腺がんとわかるケースも少なくありません。
骨転移が進行すると、痛みや手足のしびれ・麻痺、日常動作程度での骨折(病的骨折)、吐き気、倦怠感、多尿、意識障害などが起こることがあり、QOLの低下につながり、日常生活を送るうえで大きな問題となります。
骨転移に対する治療
骨転移が見つかった場合は、ほかの部位にも転移している可能性を考慮して、前述した化学療法やホルモン療法が行われます。
骨転移巣に対しては、骨の代謝が活発な骨転移巣に集積しやすい性質を持つRIを注射で体内に投与し、体の内部から放射線をあてるRI内用療法が行われます(「前立腺がんの放射線療法」図表14参照)。
また、骨そのものの治療や、骨転移に伴う痛みなどを和らげる治療もあります。
【骨そのものに対する治療】
骨転移によって骨がもろくなるため、骨折の予防や治療を目的として、骨を器具で補強したり、骨転移を取り除いて人工骨や補強材を入れたりする手術をすることがあります。
骨が過剰に破壊されるのを防ぐために、主に破骨細胞に作用するビスホスホネート製剤や抗ランクル抗体などの骨修飾薬による薬物療法を行うこともあります。
各薬剤の主な副作用については、「薬物療法の副作用」で説明します。
【骨転移に伴う症状を和らげる治療】
痛みの緩和には、鎮痛薬やステロイドなどが用いられます。痛みや手足のしびれ・麻痺(脊髄圧迫)、病的骨折には緩和的放射線療法があり、骨転移のある部位に体の外から放射線を当てる外照射が第一選択となります。
早期に適切な対応を受けるためには、痛みやしびれ、麻痺などの症状を感じたら、担当医や看護師などの医療スタッフに、できるだけ早く具体的に伝えることが大切です。
骨以外の遠隔転移に対する治療
前立腺がんでは、肺、肝臓などに転移することもあります。肺に転移すると咳や痰が出たり、息苦しさを感じたりすることがあります。一方、肝臓への転移では自覚症状はほとんどありません。これらの遠隔転移が見つかった場合には、やはり主にホルモン療法を中心にして、がんそのものに対応するほか、咳や痰を抑える薬、呼吸を楽にするための少量の麻薬などを使います。肺に水がたまった場合には水を抜くこともあります。
遠隔転移のあるがんでは、根治は難しくても、がんと共存していくことは可能です。担当医や薬剤師、看護師などとよく話し合って、がんと付き合っていきましょう。
前立腺がんの遺伝子レベルでの個別化治療
前立腺がんの性質に合う薬を探すために、遺伝子パネル検査やコンパニオン診断が行われることがあります。
遺伝子パネル検査は、がんの組織などを使って多数の遺伝子の変化を一度に調べる検査です。がんの特徴を詳しく知り、今後の治療法を検討する目的で行います。一般的には、すべての標準治療が終わった後、次の治療を考える段階で検査実施が検討されます。
これに対して、コンパニオン診断は特定の薬が使えるか否かを判断するための検査です。治療で使う薬があらかじめ想定されており、その薬が効果を示しやすい遺伝子の変化があるか否かを調べます。例えば、BRCA 遺伝子に変化が見つかった場合には、その結果に基づいてPARP阻害薬の使用を検討します(タラゾパリブはBRCA遺伝子の変化の有無にかかわらず使用できます)。
つまり、コンパニオン診断は「この薬が使えるか否かを調べる検査」、遺伝子パネル検査は「治療として使えるほかの薬を広く探す検査」という違いがあります。
遺伝子パネル検査で調べる項目の一つにMSI(p.20コラム)があります。これは、「遺伝子の修理機能が弱まり、細かい傷が増えやすくなっているかどうか」を調べています。また、同じく遺伝子パネル検査で評価されるTMB-Highは、がん細胞の遺伝子の変化(傷)が全体として多い状態を意味します。遺伝子パネル検査の結果がMSI陽性やTMB-Highであった場合には、免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブ)による治療を検討することがあります。
また、特定の遺伝子変化が見つかった場合には、その変化に対応した薬による治療や、その遺伝子変化のある患者さんを対象とした臨床試験への参加を検討することがあります。このように、検査結果の内容に応じて、治療の選択肢が広がる可能性があります。
さらに、遺伝子パネル検査の結果から、生まれつき受け継いだ遺伝子の変化(遺伝性のがん)が疑われる場合があります。その場合、遺伝カウンセリングが勧められることがあります(「遠隔転移のない前立腺がんの薬物療法」コラム「遺伝性のがんと遺伝カウンセリング」参照)。
遺伝子パネル検査では、すべての患者さんに新しい治療が見つかるわけではありませんが、今後の治療方針やご家族への配慮を考えるうえで重要な情報をもたらす検査です。担当医と相談しながら、適切なタイミングで検討していきます。
参考資料
もっと知ってほしい前立腺がんのこと 2026年版, p.21-23


