DLBCL患者さんの声
Patient’s Voice ~びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)患者さんの声~
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)を体験された方が、診断時・治療中や治療後に何を思っていたのか、ご自身の体験を語っていただいた情報を掲載しています。
Patient’s Voice ~患者さんの声①~
ハプロ移植を経て社会復帰。常に楽しみを探し前向きに
大きな腫瘍が写ったPET-CT検査の画像を見たときは驚きましたが、元来の性格なのか悲壮感はなく、気持ちは前向きでした。病期はステージⅡ、化学療法中はむかつきや足先のむくみを感じ、理学療法士の指導でむくみ対策に足先を動かす運動を取り入れました。
1次治療では完全奏効に至らず、それを自分のことのように悔しがってくれた担当医の提案を信じて、救援化学療法を経て、兄がドナーとなりハプロ移植(HLAの型が半分一致する血縁者からの移植)を行いました。
入院中は、毎日のように患者さんたちとお茶会をして笑って過ごし、ほかの患者さんと家族のような絆が生まれました。入院生活の9割は楽しかった思い出です。
退院後、社会復帰してすぐに間質性肺炎になり40日間入院しました。今も免疫力が低下しているので、食事や感染症に注意して過ごしています。
それでも、「楽しみはどこにでも落ちている」をモットーに、制約のなかに楽しみを見つけて充実した生活を送っています。
(57歳・男性・診断から6年目)
Patient’s Voice ~患者さんの声②~
治療経験を糧にして、だれかの役に立つ自分でいたい
左右の肺の間に腫瘍が見つかり、呼吸器外科で胸腔鏡手術を行いました。おそらく良性といわれましたが、摘出した腫瘍は悪性で、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と判明。すぐにふだんの生活に戻れると思っていたので頭が真っ白に。
それでも標準治療の説明を聞いて道筋が見え、「治る病気なので頑張りましょう」という担当医の言葉で落ち着きを取り戻しました。薬物療法中は味覚障害で口の中が蝋を塗ったような感覚になり、ゆで野菜や白米はNGに。ハンバーガーやカップ麺などおいしいと感じるものを探して食べていました。
完全寛解したときは安堵で膝から崩れ落ちそうになり、その後、担当医に「完治」と言われました。いまでも再発の心配はありますが、不安を日記に綴ると気持ちが切り替わり引きずらなくなりました。最近は私が元気に生きている意味を探したいと思っています。ピアサポーターになる勉強を始めましたが、人の役に立つことがその答えなのかもしれません。
(55歳・女性・診断から8年目)
Patient’s Voice ~患者さんの声③~
気持ちを切り替え、制度を活用し3度の再発を生きる
初発から8年後に再発して自家移植を行いました。その後も再発を2回経験し、いまは血小板減少症の治療をしながら経過観察中です。
抗がん薬の影響で末梢神経障害を発症し、手の指先を使う動作や歩行が難しい状態になりました。リハビリで杖歩行が可能になりましたが、2度目の再発時に頸椎を圧迫骨折し、転倒したら命にかかわるといわれ、介護保険でレンタルした電動車椅子を使って生活しています。
また障害者手帳の交付や障害年金が経済的な支えになっています。
病を生きる私なりの教訓は、覚悟を決めて気持ちを早く切り替えることです。そしてどんなことでも1人で抱え込まず、周囲の人に相談し、使える制度は利用することです。私は入院中に毎日面会に来てくれた妻と友人の励ましに支えられました。
最近は、学生時代の仲間に声をかけてバンドを再結成しました。これからライブを開催するなど、できそうなことにトライして今のこの時間を楽しむようにしています。
(63歳・男性・診断から17年目)
Patient’s Voice ~患者さんの声④~
治療法に葛藤し、最後は生きるための選択を決断
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)という診断で、薬物療法を受けました。翌年に再発し、自家移植を検討しているときに、ろほう性リンパ腫の疑いを指摘されました。すぐに、移植を中止して、放射線療法を受けることにしました。
その後、2度目の再発では形質転換(性質が変わること)が起こって、再び病名がDLBCLに変わりました。その間に甲状腺がんに罹患し、がんを繰り返したことで西洋医学の治療に疑心暗鬼になり、東洋医学へシフトすることを決めました。形質転換した際に医師からCAR-T療法を提案されましたが、そのときは東洋医学の知識が壁となり拒否しました。でも、がんが全身に広がり死を意識したことで、自家移植を受け入れました。それでも抗がん薬が効かず、余命宣告される事態に。
最終的に生きることを優先し、CAR-T療法を決断しました。一度は治療を拒否した私を見捨てず、寄り添ってくれた担当医に感謝しています。
治療は自分の意思で選ぶものだけど、ほかの人の意見をシャットアウトすると視野が狭くなること、信じていた価値観の逆方向に正解が見える場合があることを学びました。
(52歳・女性・診断から10年目)
Patient’s Voice ~患者さんの声⑤~
固形がんとは違う不安を経験。CAR-T療法が希望の光に
入浴中に乳房のしこりに気づき、乳腺外科でびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と高悪性度B細胞リンパ腫を疑われ、血液内科へ。以前に直腸がんと胃がんを経験しましたが、血液がんは手術では治せず、影響が全身に及ぶので不安でした。
薬物療法の1クール目でしこりが小さくなり、脱毛などの副作用はあったものの治っている実感が励みになりました。しかし寛解は難しく、「病変が残っている」という医師の言葉を聞いたときは、しこりや痛みは消えているのになぜと、耳を疑いました。
2次治療はCAR-T細胞療法を提案され、「寛解が期待できる」という医師の言葉と夫の強い勧めで治療を受けられる遠方の病院に転院しました。CAR-T細胞療法を終え、寛解になってほっとしています。治療を受けたことで、発病前と同じような生活に戻れたことが、何よりもうれしかったです。
支えてくれた夫と娘に感謝しながら、これからの人生は自分の時間を大切にして、やりたいことを楽しみたいです。
(58歳・女性・診断から2年目)
参考資料
もっと知ってほしいびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)のこと 2026年版, p.9,11,15,17,22


