小児がんと妊孕性~男の子編~

小児がんにおける妊孕性温存治療は、小児がんの治療成績の向上とともに、近年着目されるようになってきましたが、まだまだ一般に広く知識が共有されているとはいいがたいのが現状です。小児がんでは妊孕性温存の選択が限られていること、発達過程にある患者の身体的・精神的負担を考える必要があること、患者自身よりも親のニーズが高い傾向にあることなどを考慮しなくてはならず、情報提供が十分になされないケースも少なくありません。保護者だけでなく、患者本人にも年齢に応じた情報提供が行われた上での治療選択がのぞまれます。さらに、治療終了後も、成長に応じて、性や生殖に関することも含めた長期的フォローアップが大切です。

男の子の場合

小児がんの男子では、マスターベーション、つまり射精ができるか否かが将来の妊孕性温存の鍵を握っています。思春期前の精巣には、まだ精祖細胞しかありません。思春期の頃になると精母細胞が見られるようになり、射精ができるようになります。精子形成ができているかいないかは年齢で単純に区切ることはできないため、精子形成ができている・いない、精通がある・ないが分かれ目となります。射精ができれば、妊娠を可能にさせる年齢に達したとみなすことができます。マスターベーションで、精子を採取することができる子は、精子の凍結保存が可能です。しかしながら、知識としては知っていても、マスターベーションをしたことがないという子も増えています。

近年では、精巣組織の凍結が議論されるようになってきています。精巣組織の凍結自体は技術的には可能で臨床研究段階にありますが、精子になる前の細胞を精子に発達させるという技術はまだサルでの動物実験レベルで実現している段階で、人間では実現していません。将来のために精巣組織を凍結することへの倫理的問題もあり、法整備も視野に入れた課題といえます。

泌尿器科医の診察室から

小児がんの患者で精子採取する際、父親や小児科医が「僕が教えておきますから」「次までに取っておきますから」と簡単にいうことがありますが、もちろんそうたやすいものではありません。クリアできたケースはとても少ないのが現実です。男性がマスターベーションをするのは気持ちよくなりたいから。エッチなことを考えていて、ペニスを触っていたら気持ちよくなってきて、射精をするわけです。そういうプロセスを踏まずに、ましてや思春期の子どもが親から「マスターベーションをしなさい」と、いわれてできるわけがありません。父親の同席の上で話をすることもあれば、席を外してもらうこともあります。

高校生の患者で、病院ではマスターベーションができず、家で精液を取ってくるようにお願いしたものの、結局マスターベーションせずに終わったということもあります。「マスターベーションは知っている?」と聞くと、「知っているけど、やったことがない」とのこと。「好きな子がいたら、その子のことを考えて、マスターベーションしてみたら?」と投げかけても、「好きな子はいるけれど、どうしてよいかわからない」というのです。昔と比べて、子どもたちが幼い、あるいは二極分化している傾向があるように思います。つまり、身体の発達的には可能と思われる子でも精神的な要因で精子保存ができないケースが見られます。中学生くらいの頃には当たり前にマスターベーションしていた世代の医師が、その感覚で「マスターベーションしてきて」といっても、今はそれができない子どもたちが増えているということを認識する必要はあるかもしれませんね。


Adetunji P. Fayomi et al,Autologous grafting of cryopreserved prepubertal rhesus testis produces sperm and offspring, Science 363 (6433), 1314-1319(2019). 4:e34  ※当施設では、9.2%という結果が報告されている。