勃起障害3-前立腺がんの治療による影響

前立腺がんの治療による影響

がんが前立腺にとどまる限局的な前立腺がんの治療には、主に手術、放射線治療、ホルモン療法があります。これらの治療法では効果が得られなかった進行がんに対して化学療法を用いることもあります。どの治療を選択しても治療後の勃起機能は低下します。手術治療の場合、勃起神経を温存しているか否かは、その後の勃起機能の回復に大きく影響します。神経が残っていれば、PDE5阻害剤がある程度有効です。

ホルモン療法

ADT(androgen deprivation therapy)=アンドロゲン遮断療法と呼ばれるホルモン療法は、手術、あるいは放射線治療の前後に補助療法として行う場合があります。手術や放射線治療を行うことが難しい場合に、単独で用いられることもあります。男性ホルモンの分泌や働きを抑えることで、がん細胞の増殖を抑えようとする治療法ですが、男性ホルモンには勃起を強くする役割もあるため、ED(勃起障害・勃起不全)を生じることにつながります。

ホルモン治療を終了、あるいは中断・中止の後、男性ホルモン値は次第に回復していきますが、すぐには回復しません。通常は半年程度かかります。ホルモン治療の投与量や種類によっても、回復時期は異なります。

手術

前立腺の手術では、通常、前立腺を全摘する手術を行います。勃起神経は前立腺の右側と左側両方のすぐ外側を走っていますが、その際、両側の神経温存か、片側のみ神経温存か、両側とも神経温存をしないかのいずれかで、術後のEDへの影響は異なってきます。がんが広範囲にわたり、両側の勃起神経を摘出する神経非温存手術ではほとんどの患者さんで完全なEDが生じます。両側の勃起神経を残すことができれば、術後の勃起機能はある程度温存することも可能です。片側のみ勃起神経を温存した場合は両側の勃起神経温存手術と比べて勃起能保持の割合は低下します。EDの程度は、年齢や元々の勃起機能も影響され、個人差が生じます。仮に神経が残っていても完全に勃起機能が残るとは言えず、事前の予測は難しいところですが、神経が残っていればPDE5阻害剤が有効です。神経非温存では、PDE5阻害剤を使っても勃起機能は回復しませんが、神経が温存されていれば、回復が期待できます。

放射線治療

かつては、二次元で広範囲に照射していたため前立腺周囲の組織ダメージも多かった放射線治療ですが、現在は三次元原体照射(3D-CRT)や強度変調放射線治療(IMRT)など、勃起神経を避けて照射できるようになりました。つまり、以前と比べ、勃起機能を意識した治療が可能になりました。前立腺内に放射線を放出するヨウ素125を用いた線源を挿入し、内側から内照射する小線源療法もあります。

近年は、ロボットによる手術療法と放射線外照射のIMRTが比較され、「前立腺がんに対する放射線治療はロボットによる手術療法に比べてEDの発生は少ないか?」という質問が患者側からもよく聞かれます。しかし、ロボットか否かに関わらず神経を両方温存した場合の手術と放射線治療は長い目で見るとあまり変わりません。いずれにせよ、加齢の影響も加わり、治療前ほどには回復しないことは少なくありません。ただし、神経が残っていれば、PDE5阻害剤が有効です。

勃起機能が低下する時期や回復時期など、治療によって特性が異なるため、がんの進行にもよりますが、どのタイミングで患者さんが性機能を求めるかによっても、治療選択は異なってくるでしょう。

化学療法

抗がん剤の種類によっては、勃起に作用することがあります。シスプラチンやビンクリスチンなどの抗がん剤は、勃起をコントロールする神経や血管系に影響し、EDを生じる可能性があります。また、はっきりとはわかっていませんが、ビンブラスチンおよびブレオマイシン治療と組み合わせたシスプラチンの投与も神経や血管系に影響し、EDに関連している可能性も報告されています。

診察室から:とある前立腺がん患者さんのケース

妻が「以前はやさしかったのに、この頃夫がイライラしてふさぎ込みがちで覇気がない」と外来に連れてきた50歳代後半の患者さんがいました。本人からも「集中力がなくて、本を読むのが好きだったが、2~3ページで飽きてしまう」との訴え。検査をしたところ、男性ホルモンの値が低いことが判明し、ホルモンの補充療法の注射が始まりました。ホルモン補充療法を始めたら、身体もシェイプされて、集中力も高まり、途端に改善。ところが、その後しばらくして前立腺がんが見つかりました。前立腺がんは男性ホルモンで増殖するため、ホルモン補充療法は禁忌です。男性ホルモンを補充しなくてはならない患者さんなのに、ホルモン補充ができなくなってしまったわけです。もう一人子どもがほしいということで、手術という選択肢は外れました。放射線という選択はありますが、年齢的にも勃起が強くないところに治療が加わると、勃起機能に影響することも考えられます。手術も放射線も選択できない。そこで、無治療経過観察の期間を設け、その期間に性交渉を営んでもらい、子どもができてから前立腺がんの治療に入るという選択をしました。