閑話けあ(15)日日是好日(にちにちこれこうにち)

2012年4月14日(土)

珍しくTV番組をみた。タイトルは忘れた(せん妄かな)。番組はがん患者のドキュメンタリーだった。サバイバーと呼ばれる人たちの闘病物語のような作り。番組は3名の病歴を順番に紹介していくところから始まり、最後は3名の雑談会となって、司会者が一人一人に「がんの経験から得られた教訓は何か」と質問して番組は3名のサバイバーのコメントで締めくくられた。3名のサバイバーの語る想いのたけを私は具体的には覚えていないが、その内容はどれも禅語を借りて云うと「日日是好日」であった。誰が作った番組か知らないが、「大変な経験をして生還した人」「その人の語る重い言葉」を視聴者に伝えたいという意図が伝わってきた。放送局にとっては、がん患者も商品なのかと気分が悪くなった(よい番組と捉えたひとはそれで良いと思う)。

人の貴重な経験を知り、その教訓を有り難く聞こうという考え自体は否定しないが、「日日是好日」と云ったサバイバーの教訓は果たして、がんという病気で得られる特異的なものだろうか。死を意識したからこそ、サバイバーは「日日是好日」と実感されたのではないのか。人には寿命がある。知っていて、考えないようにしている人が多いと思う。私は脳梗塞を起こしたときに、自分勝手に死を実感したが、現場に復帰したときの感想はまさに、「日日是好日」だった。 つまり、TV番組で強調された「がんになって知りえる教訓」とは、がんという経験が教えてくれるのではなく、人には寿命があるという現実を実感した人が知りえる教訓だと私は思う。

年度末のバタバタの最中に、私の医療監修(主に科学根拠をチェック)した子供向け「がん情報企画(すごろく)」に対して、患者団体からリセットして欲しいという要望が出たと連絡を受けた。関係者には真摯に対応するようにお願いしたが、ここでも私は「がん」そのものではなく、人には寿命があるという事実を教育のなかでどのように扱うかという、日本人の死生観の問題を感じた。子供たちに死亡数第1位の病気について教えることには誰も反対しないと思う。しかしながら、ある人が「親をがんで亡くした子供に、がんの話をして良いと思っているのか」というような指摘をされていた。教育者の意見が聞きたい。「がん」は明るく伝えてはイケないのか。家族を「がん」で失った子供に「がん」を思い出させてはイケないのか。私は日常診療のなかで、がん患者に相手(がん)をよく知って向かい合うよう奨めることが多いのだが、子供の教育において、このような概念は禁忌なのか。どんな伝え方が子供に適しているのか、誰か私に教えて欲しい。それはきっと大人にも、がんの治療現場でも大いに参考になるはずだ。

5年前、私は妹を先に見送った。妹は白血病だった。私の2人の子供は当時、小学生と幼稚園児だった。1年間、加療で入院していた妹を子供と一緒に見舞った。妹がGVHDで苦しんでいたときも連れていった。せん妄状態になり、話せなくなった妹にも会わせた。棺の中に入った妹にも触れさせた。のちのち私の子供たちは、なぜ父より若い叔母が先に逝ったか知りたがった。妹の話がタブーになったことはない。子どもと一緒に泣いたし、一緒に笑った。

閑話けあ(14)DPCとジュネーブ宣言

2012年2月29日(水)

どのホスピスにも入床基準なるものが存在することをご存知だろうか。私は自分の診ている「がん患者さん」をホスピスに紹介してきたが、たいていが入床基準を満たすことができず、ホスピスに患者さんを送り出した経験は極めて少ない。「紹介数が少ないのでは?」という質問には「私の所属する緩和ケアチームの年間依頼件数は500件を超える」と答える。ではなぜ、このような現象が起こるのか、説明したいと思う。

がんの患者さんは自分を治療してくれた医師を生涯の主治医にしたいと考えるように見える。「当然のことだ」と云わると思うが、多くの急性期病院が導入している「DPCによる定額支払い制度」はこの概念を否定する。私の働く急性期病院もDPC(Diagnosis Procedure Combination:診断群分類)という評価方法を用いた定額支払い制度を導入しているが、そのDPCには「疼痛」をはじめ、緩和ケアの対象となる苦痛は診断名として挙がっていない。つまり、緩和ケア目的の入院はDPC上「無い」のだ。また、緩和ケアを目的に入院する患者さんの多くは長期入院が必要となるが、定額支払い制度を導入する施設での長期入院は「難しい」。DPC制度は回復への最短治療が行われるように導入された制度であり、従来の診療では採算割れしてきた急性期病院を救う制度なのだ。したがって、本制度を導入した施設にとっては、慢性期の患者さんを長く入院させると採算割れすることになる。つまり、がん治療の適応のない患者さんにとってDPCを導入した病院は利用し辛い仕組みになっているのだ。そして、いま私は「がん治療の適応」と簡単に云ったが、「がん」が再発・転移した患者さんに治療の適応(意味)が有るか無いかを判断することは、実は簡単ではない。いつ治療の適応がないと判断されるのか-科学的な根拠はまだ確立していない。そして、がん治療の適応が明らかに無い場合でも、体調が自然に回復して、再び治療の適応があると判断されることもある。それではいつ、がんの患者さんはホスピス入床基準の「癌治療の適応がない」「癌治療を希望しない」を満たすのであろうか?後者は患者さんの考え方なので、基準を満たすケースがある。わが国のホスピスは絶対数が少ないので、ホスピスはそのような患者さんでいつも満床になっている。しかし、多くの再発/転移性がんの患者さんは「可能な限り治療を受けたい」と考え、家族も「可能なら治療を受けて欲しい」と思っているので、加療を期待する患者さんと家族は、ホスピスの面談という試験に落ちてしまうのだ。これで良いのだろうか。私は医療倫理上の大きな問題があると考えるのだが、これが問題として取り上げられているようには見えない。医療倫理なるものは古代からあまり変わらないのではないだろうか。ヒポクラテスの誓いは現在、ジュネーブ宣言として1948年に世界医師会が医療者の倫理的精神を現代化・公式化している。そのなかで「医療専門職の一人として、患者の信条などで、自分の職務と患者との間に干渉することを許さない」と謳う一文がある。

医師は「可能なら癌治療を受けたい」と思う患者さんの考えを尊重すべきで、それを理由に診察を拒否することはジュネーブ宣言に反する。医学の専門が細分化する現代、医療施設によって違う機能を持たせる政策自体は合理的だと考える。しかし、そのように役割分担させるなら、同時に国民には医療施設の役割(機能)が分担されていることをもっとアナウンスすべきだと思う。そして、一人のがん患者さんに必要な機能を持つ施設(がん治療病院、一般病院、ホスピス、在宅医療)を、がん患者さんと家族がスムースに移行できるようなシステムを構築せねばなるまい。行政が構築/管理できないのでなら、NPOに任せるという発想は非現実的だろうか。

オーストラリアに留学した後輩の土産話を紹介する。オーストラリアでは、がん患者さんの医療環境の調節を行政が担当しており、わが国のように施設間で「転院の交渉」は行われない。オーストラリアでは、がん治療病院が「Acute(急性期)」、ホスピスが「Subacute(亜急性期)」、在宅医療が「Stable(安定期)」という概念だという。そして、がん治療病院に入院した再発・転移性がんの患者さんはsubacuteのホスピスにステップ・ダウンしてから、在宅を目指すという。また、在宅で調子が悪くなった患者さんは、subacuteのホスピスに火急的に入院が可能で、これらを行政が管理する。そして、緩和ケアチームがAcute施設-Subacute施設-Comunityを回診という。すばらしいと思った。わが国でも医療施設間の垣根をとっぱらい、患者さんと家族の情報を連携する施設が共有できるようにして、一方通行でない施設-施設-在宅医療の連携ができないものだろうか。ホスピスの入床基準も急性期病院の保健上のしばりも、がん患者さんと家族に「施設連携」こそが質の高いがん医療になることをアナウンスして支援しなければ、急性期病院もホスピスもジュネーブ宣言に反する医療施設になってしまう。誰のための医療か、がん治療医と緩和ケア医は原点に帰り、行政と話し合っていくべきだろう。いまさら書いていて怖くなってきた。云い過ぎたかも知れない。ジュネーブ宣言を下記に記す。貴方の主治医はジュネーブ宣言を守る医師かどうか確認してみよう。

ジュネーブ宣言

医療専門職の一員としての任を得るにあたり、

* 私は、人類への貢献に自らの人生を捧げることを厳粛に誓う。

* 私は、私の恩師たちへ、彼らが当然受くべき尊敬と感謝の念を捧げる。

* 私は、良心と尊厳とをもって、自らの職務を実践する。

* 私の患者の健康を、私の第一の関心事項とする。

* 私は、たとえ患者が亡くなった後であろうと、信頼され打ち明けられた秘密を尊重する。

* 私は、全身全霊をかけて、医療専門職の名誉と高貴なる伝統を堅持する。

* 私の同僚たちを、私の兄弟姉妹とする。

* 私は、年齢、疾患や障害、信条、民族的起源、性別、国籍、所属政治団体、人種、性的指向、社会的地位、その他いかなる他の要因の斟酌であっても、私の職務と私の患者との間に干渉することを許さない。

* 私は、人命を最大限尊重し続ける。

* 私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や市民の自由を侵害するために私の医学的知識を使用しない。

* 私は、自由意思のもと私の名誉をかけて、厳粛にこれらのことを誓約する。

閑話けあ(13)探索試験と検証試験

2012年2月23日(木)

臨床研究のアウトカムを「エビデンス」と云うが、エビデンスの創出はエビデンス・レベルで云うと下から上に向かっていくことになる。EBM-Evidence Based Medicineという言葉を医療者なら誰も知っていると思うが、これを理解している人は意外と少なく、EBM=RCT(Randomized Controlled Trial)と思っている医療者が多い。

臨床試験には臨床薬理試験→探索試験→検証試験という順番があるのだが、この概念はあまり知られていない。臨床薬理試験は、その代表的な試験を第1相試験と呼ぶが、試験薬を特定の患者さん(たとえば、がん患者さん)にはじめて投与し、安全性と認容性を診るものである。探索試験とは臨床仮説を立てる目的で、文字通り探索的に行われる。そして、その後に臨床仮説を検証するための検証試験が行われる。探索試験の代表は第2相試験で、検証試験の代表は第3相試験である。そして、検証試験はRCTという試験デザインで行われる。このように書けば、検証試験-RCTをいきなり行うことができないことが明確になると思うが、簡単に検証試験-RCTができると思っている医療者が決して少なくないのである。経験してみないと判らないのかも知れない。EBMという言葉が医療界で一般的になって久しく、エビデンス・レベルの定義を知っている医療者は多い。しかしながら、一つの臨床試験の報告書つまり論文を読んで、その試験のアウトカムのエビデンス・レベルを正しく評価できる医療者は少ない。一つのRCTのアウトカムのすべてが、RCTから創出されたエビデンスという理由で、一番上のレベル1だと考える医療者が多い。残念なことにRCTのアウトカムでレベル1の可能性があるものは、プライマリー・エンドポイントと呼ばれる主要調査項目だけなのだ。残りのアウトカム、つまりセカンダリー・エンドポイントはレベル1よりも数段下がる。そして、RCTが第3相の検証試験でなかったら、RCTのプライマリー・エンドポイントでもレベル1エビデンスではないのだ。また、質の悪いRCTのアウトカムは定義上レベル1であってもレベル1として扱えない。

臨床試験を企画するとき、我々はまず研究テーマのリビューを徹底して行う。そうすると、施行すべき試験デザインが自ずと見えてくる。だから、臨床試験はRCTを企画しようとして企画するものではないのだ。私が企画運営に参加する臨床試験は緩和ケア領域のものが多いので、つまりエビデンスが乏しい領域なので、探索試験の企画が多い。探索試験と云っても介入試験であるから、参加する患者さんの安全を確保することが一番大事なこととなる。そのためには、質の高い試験プロトコールを作成すること、データをきっちり管理し、解析のできる状態にすること、有害事象が疑われたら迅速に対応できる体制を構築することが求められる。日常業務の忙しい医師だけで臨床試験を企画実行することは不可能と云える。臨床試験は、その支援組織の支援によってはじめて実現できるのだ。支援組織を持たずに臨床試験を実施したら、患者さんの安全は絶対に確保できない。

簡単に臨床試験の概略を述べたが、要するに臨床試験は大変なプロジェクトなのだと云いたいのだ。プロトコールの作成を失敗したら、すべてがパアになってしまう。参加した患者さん、企画/運営者の労力、試験費用のことを考えると、失敗は許されない。失敗とは「期待した結果でない」という意味ではない。予定通り、試験を完遂できたかどうかだ。だから、非現実的な試験を組んではならないのだ。そのためにはプロトコールを作成するコンセプトの段階から審査されることが望ましい。参加施設の見込み、現実的な症例数などを吟味する。この過程を疎かにして頓挫した臨床試験を見たことがあるが、誰が責任を取るのだろうか。わが国の臨床試験は海外と比べると20年ぐらい遅れているように見える。はやく臨床試験を担う専門家が臨床試験で飯の食える時代がくればよいのだか。ちなみに私は臨床試験を企画運営して給料を貰ったことはない。

閑話けあ(12)臨床試験とヘルシンキ宣言

2012年2月18日(土)

医学の進歩に臨床研究は欠かせない。多くの人が医学から恩恵を受けているが、それは臨床試験に参加した多くの患者さんの利他性のおかげである。厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」によると、臨床研究は「観察研究」と「介入研究」に分類される。「観察研究」は通常の診療の範囲内であって、医療行為における記録、結果を利用する研究であり、患者さんの安全性は確保されていると考えられる。一方、「介入研究」は通常の診療を超えた医療行為であって、「研究目的」で実施される。したがって、介入研究(臨床試験)は患者さんの安全性を第一に考え、それが確保できる体制を整えてから実施が検討される。

世界医師会は1964年、フィンランドのヘルシンキにおいて「ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則」を採択した。これが「ヘルシンキ宣言」である。1964年以降、臨床研究が企画するとき、我々医療者は「ヘルシンキ宣言」を守るように努めてきた。本当にそうか。現在我々医療者は、臨床研究とくに介入研究(臨床試験)を考えるときに、まず第一にヘルシンキ宣言を守るための研究体制が整えられるかどうか検討する。検討されていると信じたい。

最近は、新聞に臨床試験への参加を求める広告が出るような時代となった。「臨床試験」という言葉が一般的になってきたように見える。ほんの数年前まで、臨床試験といえば「人体実験」というようなイメージがあり(そのとおりなのだが)、敬遠されてきた感がある。私は患者さんに臨床試験への参加を奨励する医師の一人であるが、正しい実施体制を取っている臨床試験に限るという大前提がある。

ヘルシンキ宣言の全文を下記に示す。私はこのヘルシンキ宣言のB-12を声を大にして伝えたい。「人間を対象とする医学研究は、科学的文献の十分な知識、(中略)、一般的に受け入れられた科学的原則に従わなければならない。(終略)」

臨床試験には確立した科学のお作法がある。この科学作法に従わないと、ヘルシンキ宣言を守って臨床試験を行うことはできない。現在、「臨床試験」という言葉がひとり歩きしているが、「臨床試験」と「ヘルシンキ宣言」を同時に意識した人は居るだろうか。臨床試験の実施体制とは、ヘルシンキ宣言を守るための体制なのだ。臨床試験への参加を考える人がいたら、私からアドバイスがある。まず、ヘルシンキ宣言を読んで欲しい(安心できると思う)。そして、臨床試験への参加を依頼してきた主治医に「私の安全はどのようにして守られるのですか?」と聞くことを奨める。もし、主治医が即答できなかったら、臨床試験への参加はやめた方が良い。

<世界医師会:ヘルシンキ宣言>

http://www.med.or.jp/wma/helsinki08_j.html

閑話けあ(11)引退

2012年2月7日(火)

莫逆の友が突然、引退を決意した。監督に辞めると云ったあと、私に電話をしてきた。私は「なぜ辞めると云うまえに相談してくれなかったのか」と怒った。すると、友は「お前に止められるから」と答えた。私は「山本も頑張っているから、俺も頑張ろう」と数え切れないぐらい思ってきた。そして、山本は私の夢だった。山本には才能があった。素質があった。しかし、山本は「生え抜き」ではなかった。それが山本には不利に働いたようだ。

どこも実力の世界と思いたいが、実力だけでは生き残れない。劣悪な環境、家族の事情、山本の才能以外の要因が山本に引退を決意させた。そして私は、ひとつの夢が終わったと感じた。しかしすぐに、また山本という夢を見たいと思った。勝手な話だが、山本が新しい生き甲斐を見つけ、それに邁進する姿が見たい。私は目標に向かう山本が好きだった。山本の目標が好きだった訳ではない。私はふと、「目標は達成できないと駄目なのか?」と自分に問うてみた。- 我々にはいつ終わりがくるか判らない寿命がある。すると結果よりも過程の方が大事であることは自明だ。

「なにを成し遂げるか」ではなく、「なにを成し遂げようとするか」が大事だと感じる。山本は「頂」を目指していたから、山本だったのだ。山本は「頂」に立たなかっただけなのである。事情ができて途中で降りていったのである。山本が次の「頂」に向かって登りはじめたら、私はまた山本が「頂」に立つという夢を見ることができるはずだ。なんだ、なにも変わってはいないではないか。

閑話けあ(10)若者

2012年2月7日(火)

若いということは、それだけで罪であると云った偉人さんが居たとか。私は云い過ぎではないと思う。何歳までを若者と呼ぶのか知らないが、私が10代20代30代のときと比べて、いまの若者は情報をたくさん持っていると思う。情報が簡単にキャッチできるように見えるからだ。

私は乳がん治療を勉強するのに海外の学会に行って勉強したが、現在は学会に出席しなくても出席したのと同じ情報が得られる。私は研修医のとき、大学の図書館に通って身銭を切って論文を取り寄せたものだが、いまでは端末から論文を検索し、プリント・アウトしてすぐに読むことができる。こんな時代(インターネットの時代)になると、一体どんな現象が起こるか?私は一つの現象として「経験」というものが軽視されていると思う。

医療の教育現場では、カンファレンスの最中にスマート・フォンで情報を検索する研修医が居る。彼らは私が研修医のときと比べ、各段にはやく医療情報をキャッチする。ところが、若い医師の診断能はまったく上がっていない。むしろ、若い医者の診断能は私が研修医のころに比べて、落ちてきているように感じる(同じ感覚を持っている文部科学教官がいるはずだ!)。治療法を知っていても(検索はできても)、診断ができなければ臨床医として何の役にも立たない。注射も下手ときたら、もう目も当てられない。患者の役に立つ医者とは、診断能に優れ、技術に卓越し、医学知識も豊富で、そして何よりも(医師ではなく)人としての経験が豊かな者を云うのである。

年を取っていたら良いという意味ではない。若くてもこれらを備えることができるし、これらに終わりはない。最近よく感じることは、上司をバカにする若者が増えたということだ。告白すると、私もかつて上司を軽んじるバカな医師だった。その私よりバカな若者が増えていると感じる。私は医療界しか判らないが多分、他の業界も同じだと思う。知識が先輩並みに、あるいは先輩を抜いたと感じても、人から社会人として信頼されるには時間を要するのだ。そして、じっくり作り上げられたものは壊れにくく、急造されたものは脆い。そうでないこともあるだろう。しかし概ね、そういうものだ。

だから、知識で頭が大きくなった若者は迷惑な存在なのだ。若者が社会に貢献したいと云うのなら、「長く勤めあげろ」と指導する。「忍耐」は鍛練により得るものであり、インターネットでは得られない。そして、若者は上司に堪忍して貰っていることを知らない。上司はかつて若者であったため、若者を堪忍してあげられるのだ。山本周五郎は原田甲斐に次のように回想させている。

「意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きて御奉公することだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立(もりた)てているのは、こういう堪忍や辛抱、- 人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ。」

 

閑話けあ(9)緩和ケア

2012年1月26日(木)

ある新聞社の友人記者に「緩和ケアを取材してきたが、緩和ケアがどんな医療がよく判らない」と云われた。WHOは緩和ケア - Palliative Care を次のように定義している。

Palliative care is an approach that improves the quality of life of patients and their families facing the problems associated with life-threatening illness, through the preventions and relief of suffering by means of early identification and impeccable assessment and treatment of pain and other problems, physical, psychological and spiritual.

確かに抽象的でよく判らない。ある教科書はもう少し具体的に、

Palliative care will enhance quality of life, and may also positivity influence the course of illness. Palliative care is applicable early in the course of illness, in conjunction with other therapies that intended to prolong life such as chemotherapy or radiation therapy, and includes those investigations needed to better understand and manage distressing  clinical complications.

と書いてある。しかし、日本語に上手く訳してもピンと来ない気がする。

そこで私は、友人記者に「赤ひげ診療譚」を読めば良いとアドバイスした。私はまだ現代医学版の緩和ケア小説に出会っていなかったからだ。私はがん医療をテーマにしたドラマや映画の医療学監修をしたことがあるが、緩和ケアはなかった。手術、抗がん剤、そして、がんの進行が設定されていうのだが、緩和ケアはないのである。緩和ケアはいつの時代も、病気があれば必要とされる医療。臨床医、看護師、薬剤師、心理士も、病気の専門医療と緩和ケアを提供するべきなのだ。緩和ケアは、わざわざ分類する医療ではないと私は思う。ただし、緩和ケアが患者さんに家族に提供されているかどうか、見張り役は必要かも知れない。少なくとも、外科学や内科学と並べて分類する医学ではないと考える。緩和ケアを提供するには、まず医療環境や医療資源を考えねばならない。「病気を対象にする医学」と「人を対象にする医学」という違いと云えるかも知れない。「標準治療を提供する医療」と「個々に合わせて提供される医療」は表裏一体であり、区別する方がおかしい。が、現代はわざわざ区別して取り上げないとイケない時代なのであろう。

私は「赤ひげ診療譚」を執筆した山本周五郎をはじめ、医者かと思ってしまった。ところが、文庫本の作者紹介をみると、小卒で東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込んだと書いてある。詳しく調べてみると、本名は清水三十六(さとむ)。文壇出世作も本名で書いていたが、「文藝春秋」の手違いで山本周五郎として発表されてしまったという。つまり、住所が山本周五郎(方)の清水三十六だったので、事務局が清水三十六を見落としてしまったらしい。そして、その後の筆名を山本周五郎にしてしまったというから面白い。清水三十六は山本周五郎という店主を父親のように慕っていたという。「赤ひげ診療譚」は清水三十六が55歳のときの作品で、20代前半の文学青年時分(大正末期)は日比谷の図書館に通っては資料をあさり、医学専門誌を毎月愛読していたという。私はこの情報を得てはじめて納得した訳だが、物語ほど医療を伝えるよい手段はないと気がついた。定義など聞いても判らなくて当然だと思う。小説の嫌いな人は黒澤明監督の映画「赤ひげ」を見れば良い。それにしても、最近はがん医療を題材にした小説が多々あるが、肝心なことを伝えている作品は少ない。

閑話けあ(8)登山家と臨床家

2012年1月25日(水)

登山家は山に登る理由を聞かれたら、「そこに山があるから」と答えると云う。同じように、「そこにがんがあるから」と局所治療(手術)を考えたり、全身治療(抗がん剤治療)に患者さんを迷わず誘導する臨床家(医師)が居るが、根治性のない治療を提供するのであれば、何が治療の目的なのか考え直した方が良いだろう。

登山家は自分のために山に登るが、臨床家は自分のために医療を提供するのではない。また、根治性がないからと局所治療や全身治療を否定する医師もしかり。疼痛治療をはじめ、苦痛を取るのは確かに医師の仕事だが(この専門家を緩和ケア医と呼ぶ)、局所治療や全身治療が苦痛緩和に役立つことがある。わが国にはPalliative Chemotherapy (緩和的化学療法)という概念がないが、Oxford のPalliative Medicineという成書には詳しく紹介されている。偏り(バイアス)は良質で安全な治療の妨げになると思う。腫瘍学(oncology)と緩和医療学(palliative medicine)はヒトが勝手に分けて学問と呼んでいるだけで、腫瘍が引き起こす体の不具合は、どちらか一方の学問によって最もよい医療が提供されるものではないと考える。

ところが、わが国のオンコロジストに緩和ケアを学ぶ医師は少なく、緩和ケア医はそれ以上にオンコロジーを学ばない。もちろん、これは教育制度の上の問題が一番大きいのだが、緩和ケアは「がん臨床の基礎」だと思われる。これを概念図にしたものが下記。参照されたい。

閑話けあ(7)人間の定義

2012年1月24日(火)

その昔、フィレンツェの策略家と云われたニコロ・マキャベリは、人間を「恩を忘れやすく、移り気で、偽善的であり、危険に際しては臆病で、利にのぞんでは、貪欲である」と定義したという。これを知った人は、「よく観察しているな」と皮肉を込めて笑うだろう。私には笑いごとでなかったので、ここに取り上げている。

我々のご先祖様が小集団で永い間(約500万年)、アフリカのサバンナで暮らしていたことは前にも述べたが、マキャベリの観察が正しければ、マキャベリの人間の定義は、アフリカのサバンナで生き残るために有利な形質を示していると云える。食べ物に乏しく、まわりには捕食者(肉食動物)がいる環境で、生き延びるためには、どんな形質が必要か考えてみよう。

食べ物を確保し、危険から身を守るために、ご先祖様は互恵性をたぶんに持っていたと思われる。しかし、自分自身が生き延びていくためには、なるべく恩を忘れ、移り気で、偽善的に振る舞った方が有利だと予想される。危険に対しては臆病であるほど生き残れる訳で、食べ物や自分に役に立つ物が目の前に現れたら、貪欲であるほど生き残れる。

我々がいま「ひとつの系統としての種」として存在していることが、マキャベリの云うような形質を持っていることを証明しているのかも知れない。我々は利己的であることを悪く感じ、利他的であることを善く感じる。しかし、これらはどちらも本能なのだ。利己的であることを肯定するという意味ではない。善く感じること、悪く感じること、これらは本能から来ていると云いたいのだ。

我々のなかには利己性が強く、互恵性の乏しいヒトがいる。これが極端な人間を「社会病質者」と呼ぶそうだ。そして、社会病質者は罪を犯す確率が高いという。罪を犯した人間は、反省する(できる)者と反省しない(できない)者がいるように見える。もしかすると、これは利己性の、あるいは互恵性の程度の違いと相関しているのかもしれない。もちろん、先天的な要因だけで決まることではなく、後天的な要因も大いに関係していることは間違いないだろう。

私は日常診療(緩和ケア)のなかで医療倫理の問題に直面したとき、「人間の本能」を考えてしまう。我々ヒトは、他の生物と同様に生き延びたいのだ。根治性がなく、副作用は耐え難いと聞かされても、治療を受けたいと思う気持ちは本能だと思う。質の高い医療の提供とは、ヒトの本能の理解から始ると云っては過言だろうか。

閑話けあ(6)進化医学

2012年1月16日(月)

ヒトが知っていて、知らないこと。たとえば、ヒトはいつか死ぬこと。ヒトには寿命があること。これはひとが知っていて、考えないようにしていることではないだろうか。私はがん医療の現場で働いているので、「死の否認」によく遭う。そして、その不具合を目の当たりにすることがある。がん患者さんには体調を悪くしているだけの抗がん剤を受け続けるヒトがいるし、それに何の疑問も持たずに提供する医師のヒトがいる。

「死の否認」は本能と思われ、私はむやみにメメント・モリ(死を想え)とは云わないが、ヒトのご先祖様が永い間、500万年ぐらいアフリカのサバンナで暮らしていたことは知っておいた方が良いと思う。 ヒトのご先祖様たちがアフリカのサバンナを出て、世界中に散らばっていったのは約7万年前だという。するとヒトを時系列でみると、7万年前は最近の話になるのだ(7/500だから)。

500万年という時間の流れを実感するのは難しいし、7万年だって気が遠くなりそうだが、R・ドーキンスの手法を用いると実感することができる。東京から京都までは約500kmある。これを500万年と見立てる。すると、いま私の立っている東京の本郷から、京都へ1km先の地点が1万年前。200m先が2000年前-これは見える範囲だ。足元から10cm先が1年前となる。歩いて東京から京都に行った人は居ないと思うが、東京から京都まで、どのくらい離れているか、車で移動したり、新幹線の窓を覗きながら移動したことのある人なら判ると思う。 我々はいま人工物に囲まれて、少なくともわが国では餓える心配もなく、比較的安全に暮らしている。病気以外のことで生き延びることができるかどうか、心配している人は居ないと思う。

しかし、その当たり前の暮らしが、ヒトの歴史を考えると、つい最近のことなのである。 ヒトは永い間サバンナにいて、そのサバンナで様々な「形質」を身に付けたのである。ヒトは脂肪・糖分が大好き、塩分も好き。これらが常に不足していた環境(サバンナ)では、すこぶる道理にかなう「形質」なのだ。 「私は甘いのが苦手」と反論する人は、私の「閑話けあ」を読まないで欲しい-私は進化の話をしているので、個人の嗜好の話だと思った人には読んでも面白くありません-つまり、進化は環境の変化よりも遥かに遅いのである。このような目線、進化の目線でヒトを診るのが「進化医学」です。

ヒトがサバンナで暮らしていたとき、ヒトの集団は大きくても100人くらいの規模だったと推測されている。その中でヒトは利他性、互恵性を生き残るだめの形質として獲得した。これらが我々の本能であるならば、ヒトの患者と家族が欲して、ヒトの医師が意味のない抗がん剤を提供したり、終末期になっても輸液を提供する理由が理解できる。要は、食いっぱぐれて洞穴に戻ってきた仲間に、自分の吸ってきた動物の血を口移しに与えてやる「血吸いコウモリ」と同じなのだ。乱暴な考えだと云われそうだが、ヒトだけ生物から切り離して、特別のものと考える方が乱暴だと私は思う。他の生物の進化と同様にヒトの進化も考えて、我々は病気と向き合った方が良いのではないだろうか。

1993年にマージー・プロフェットというひとが「つわりの進化論」 という論文を発表した。彼女は「つわり」の重い妊婦と「つわり」の軽い妊婦の流産の比率を調べたのだが、「つわり」の重い妊婦の方が圧倒的に流産の比率が低いことが判った。「つわり」は胎児が主要器官を発達させる、毒にいちばん弱い時期に一致して起こるため、彼女は「つわり」を食物の毒素から胎児を保護するように設計された形質だと考えた。しかしながら、この仮説は医学界では受け入れられていない。私は「疼痛」の治療についても進化学的考察が必要と考える。「つわり」と同様に「疼痛」も完全に取れることが目標とされるが、本当に完全に取った方が良いのか?安静時の疼痛がなければゴールでないのか?体動時に負荷が掛かって起こる痛みは、むしろ不具合(骨折など)を知らせる大事な信号ではないのか?理学的に「疼痛」が起こらないように工夫した生活をマスターする方が理に適っているのではないか。