非公開: 閑話けあ(9)緩和ケア

ある新聞社の友人記者に「緩和ケアを取材してきたが、緩和ケアがどんな医療がよく判らない」と云われた。WHOは緩和ケア - Palliative Care を次のように定義している。

Palliative care is an approach that improves the quality of life of patients and their families facing the problems associated with life-threatening illness, through the preventions and relief of suffering by means of early identification and impeccable assessment and treatment of pain and other problems, physical, psychological and spiritual.

確かに抽象的でよく判らない。ある教科書はもう少し具体的に、

Palliative care will enhance quality of life, and may also positivity influence the course of illness. Palliative care is applicable early in the course of illness, in conjunction with other therapies that intended to prolong life such as chemotherapy or radiation therapy, and includes those investigations needed to better understand and manage distressing  clinical complications.

と書いてある。しかし、日本語に上手く訳してもピンと来ない気がする。

そこで私は、友人記者に「赤ひげ診療譚」を読めば良いとアドバイスした。私はまだ現代医学版の緩和ケア小説に出会っていなかったからだ。私はがん医療をテーマにしたドラマや映画の医療学監修をしたことがあるが、緩和ケアはなかった。手術、抗がん剤、そして、がんの進行が設定されていうのだが、緩和ケアはないのである。緩和ケアはいつの時代も、病気があれば必要とされる医療。臨床医、看護師、薬剤師、心理士も、病気の専門医療と緩和ケアを提供するべきなのだ。緩和ケアは、わざわざ分類する医療ではないと私は思う。ただし、緩和ケアが患者さんに家族に提供されているかどうか、見張り役は必要かも知れない。少なくとも、外科学や内科学と並べて分類する医学ではないと考える。緩和ケアを提供するには、まず医療環境や医療資源を考えねばならない。「病気を対象にする医学」と「人を対象にする医学」という違いと云えるかも知れない。「標準治療を提供する医療」と「個々に合わせて提供される医療」は表裏一体であり、区別する方がおかしい。が、現代はわざわざ区別して取り上げないとイケない時代なのであろう。

私は「赤ひげ診療譚」を執筆した山本周五郎をはじめ、医者かと思ってしまった。ところが、文庫本の作者紹介をみると、小卒で東京木挽町の山本周五郎商店に徒弟として住み込んだと書いてある。詳しく調べてみると、本名は清水三十六(さとむ)。文壇出世作も本名で書いていたが、「文藝春秋」の手違いで山本周五郎として発表されてしまったという。つまり、住所が山本周五郎(方)の清水三十六だったので、事務局が清水三十六を見落としてしまったらしい。そして、その後の筆名を山本周五郎にしてしまったというから面白い。清水三十六は山本周五郎という店主を父親のように慕っていたという。「赤ひげ診療譚」は清水三十六が55歳のときの作品で、20代前半の文学青年時分(大正末期)は日比谷の図書館に通っては資料をあさり、医学専門誌を毎月愛読していたという。私はこの情報を得てはじめて納得した訳だが、物語ほど医療を伝えるよい手段はないと気がついた。定義など聞いても判らなくて当然だと思う。小説の嫌いな人は黒澤明監督の映画「赤ひげ」を見れば良い。それにしても、最近はがん医療を題材にした小説が多々あるが、肝心なことを伝えている作品は少ない。

岩瀬 哲
著者プロフィール:岩瀬 哲

東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部 副部長
1994年埼玉医科大学卒業。2003年より現職。緩和医療学と臨床試験データ管理学が専門。座右の書は「葉隠聞書」。元ボクサー。JAZZはダラー・ブラントの「アフリカン・ピアノ」。リチャード・ドーキンスに影響を受け「進化医学」も標榜している。
2007年以降もっとも力を注いでいる業務は、がん患者と家族を中心とする「地域医療連携」。がん患者と家族には「かかりつけ医」が必要と訴えている。
日本乳癌リサーチネットワーク(JBCRN)と日本緩和ケア検証ネットワーク(JPCAN)の科学ディレクター兼任。2011年8月、TIA(一過性脳虚血発作)を発症するも復活。

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