非公開: 閑話けあ(2)科学物語

人が特別な存在であるという前提からくる価値観や倫理観を、私は自然科学の成果を考えると、とても受け入れることができない。今、人の「生きる意味」を自然科学の成果を取り入れながら組み立てなおす必要を強く感じる。これから述べることがその理由である。

私は日常である臨床で、生きる意味を考える患者や医療者に出会うことがない。そして、生きる意味を考えられない治療中の患者にとって、死はひたすらに恐ろしいものになっている。患者は死を否認するしか術がなく、癌が全身転移した人は、治療だけが寄りどころになっている。しかし、人は必ず死ぬ。

人が生きる意味を見出すためには「物語」が必要と思われる。我々の祖先は神話や宗教で天地開闢のいきさつや人の歴史を理解してきた。ところが現代は、宇宙のはじまりが科学研究の対象となり、ビックバンやブラック・ホールが解き明かされ、宇宙が常に膨張しているという事実が常識となっている。ヒト・ゲノムの解読が終わり、人が遺伝子の乗り物であるというパラダイム・シフトも起こった。

人が死を意識するとき、それは生きる意味を考える良い機会だと思う。しかし、人という目線だけで、あるいは宗教や従来の哲学で、人は生きる意味を見出すことが出来るのであろうか。私は自然科学が証明してきた真実を無視した物語では生きる意味を見出すことができない。

私には生きる意味を見出した自然科学のグランド・セオリーがある。1858年に発表されダーウィンの進化論である。21世紀の進化論は、科学知識を総動員して「生命の進化」を物語っている。40億年前、この地球上のドロドロしたスープのなかに浮かんでいた自己複製する構造体は、突然変異と自然選択を繰り返し、ついには人間にまで進化した。10億年前は、たったひとつの細胞だった。それが多細胞生物になり、個体が集合して社会ができたのである。

人という個体から遺伝子に目線を移すと、私は「人はなぜ死ぬのか?」という問いの答えをはっきりと感じることができる。遺伝子は生き延びるために利己的に複製され、遺伝子の乗り物である古い個体は、そのつど死んできた。そうして、系統として進化が進んできたのである。150万年前、人に進化した自己複製する遺伝子の個体も同じように死を繰り返し、進化してきたのである。遺伝子の乗り物である我々は、遺伝子による情報伝達システムを有している。さらに遺伝子に拠らない情報伝達システムも持っている。人の遺伝子に拠らない文化システムの自己複製子はミームと呼ばれている。ミームはある人の脳から別の人の脳へと伝達されていく。言語もそうだし、教育も音楽もミームである。ミームはジーン(遺伝子)とは違い、人が死んでからも伝達される。だから、人は良いミームを伝達することによって最期の最後まで生きる意味を感じることができると思う。

どんな人でも必ずミームを伝達することができる。癌が全身転移したとしてもミームは伝達できる。しかし、癌そのものや癌治療のために辛い症状があるときは、良いミームを後代に伝達することができなくなってしまう。ミームの伝達に生きる意味を感じることができたならば、副作用のつらい抗がん剤などは受ける価値がなくなると思う。

また 、癌のつらい症状に悩んでいる暇もない。現代の医学は人の苦痛をかなり高い確率で取り除くことができる。つまり、医学はミームの伝達に非常に役に立つミームなのだ。医学の価値は病気の根治だけではない。人の生きる意味は個人の目線で考えられている。これが基本であるように思うが、私はそれだけでは上手く行かない。納得がいかないのだ。人を生物として捉え、進化を念頭に置くことで、私は人生の意味を感じ、安心を得ていることを告白する。

岩瀬 哲
著者プロフィール:岩瀬 哲

東京大学医学部附属病院緩和ケア診療部 副部長
1994年埼玉医科大学卒業。2003年より現職。緩和医療学と臨床試験データ管理学が専門。座右の書は「葉隠聞書」。元ボクサー。JAZZはダラー・ブラントの「アフリカン・ピアノ」。リチャード・ドーキンスに影響を受け「進化医学」も標榜している。
2007年以降もっとも力を注いでいる業務は、がん患者と家族を中心とする「地域医療連携」。がん患者と家族には「かかりつけ医」が必要と訴えている。
日本乳癌リサーチネットワーク(JBCRN)と日本緩和ケア検証ネットワーク(JPCAN)の科学ディレクター兼任。2011年8月、TIA(一過性脳虚血発作)を発症するも復活。

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